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がんばりましょう
クレヨンで書いた手紙

No. 2007年1月の出来事

ワールドカップ転戦日記(1月)

          

  ワールドカップ第4戦 長野大会
 年が明けた1月13日、2003年の世界選手権以来4年振りに地元長野でスケルトン競技の国際大会が行われた。移動の関係もあり、ヨーロッパ勢の参加が少なく、全体的に小規模な大会となった。しかし、内容的にはアメリカ、カナダ、イギリス、オーストリアといった強豪国が参加していたこともあり白熱した。公式練習中からいつものようにアメリカチームの勢いは止まらなかった。だた、私を含めた稲田選手、田山選手といった日本チームの勢いもさほど劣ることはなく、本番が非常に楽しみな状況であった。正直、私の体調は正月明けから悪く、体に重い鎧をつけているような感覚で、筋肉が硬いゴムのようであった。公式練習初めから契約トレーナーの松本さん(クラブコングオーナー)に手を加えていただき、大会本番には収縮自在のゴムのような体に戻った。
 13時、レース開始。天候、晴れ。気温0℃。滑走順、3番。好順番であった。ホームコースでもあり、周囲の声援は全て我々に注がれた。いつもと違う緊張感があった。スポンサー、知人、友人、家族が応援に来ていたに違いないが、意識は滑ることに集中していた。前の選手が54秒台の好タイムを出した。すぐに私の順番が来た。スタートタイム50.5秒、拇指球で地面を捉え、その力がソリに伝わる良い感触で走れた。10カーブ、12カーブでわずかなミスがあった。ゴール54.97秒。まずまず。その後全員が滑り1本目は、5位につけた。
 15時、2本目開始。天候が崩れ始めた。雪が降り始めた。2本目には1本目のタイムで20位までの選手しか進めない。そして、20位の選手から滑り始め、1位の選手は一番最後に滑ることになる。雪のせいだろうか、一人二人と選手が滑るほどにタイムが悪くなっていった。1本目で10位につけていた稲田選手が2本目55.60秒の好タイムを出し1本目との合計タイムで順位を上げていた。私の滑走順が来た。スタートタイム、5.19秒、ゴールタイム56.27秒。合計、稲田選手に次いで第2位。その後の選手もタイムを落とした。結果、稲田選手3位、越6位、田山選手17位。
 久し振りの国際大会で日本チーム全員が20位以内は入れたのは評価ができると思う。稲田選手に上を取られたのは、同じ選手としては悔しい部分もあるが、地元開催の大会で表彰台に日本選手が上ったのは素晴らしい。雪に泣いた選手、喜んだ選手といるが、屋外で行う競技の宿命である。成績を出すには、いろんな要素が必要である。その一つに『運』というものがあり、運を味方につける、呼び込む力がないと勝負には勝てない。運は誰にでも平等にあると思うが、ここ一番でその運を呼び込むにはどうしたらいいのかは解らない。だからこそ身につけて見たいと思う。
 最後に、毎回のことだが、長野で行う国際大会は、全てに評価が高い。大会運営、観客の盛り上がり等、どの大会を取っても一番ではないかと思う。スケルトンの第一人者としても非常に誇りに思う。大会運営に携われた方々、観戦にこられた方々、日本チームの関係者、全ての皆様に感謝を申し上げます。ありがとうございました。

  ワールドカップ第5戦 イーグルス(オーストリア)大会

インスブルックのアルプス
インスブルックのアルプス
 長野ワールドカップが行われた翌日14日にヨーロッパへ出発した。14日、ドイツのミュンヘンに到着し、その足でオーストリアのインスブルックに車で移動した。休む暇もなく、ワールドカップ第5戦イーグルス大会が1月15日から始まり、3日間の公式練習の後、19日にレースが行われた。インスブルックは、四方を3,000メートル級のアルプスに囲まれ、白く覆われた山々が、朝焼け、夕焼けの紅色に染まるときはなんとも絶景である。気持ちが洗われる思いがする。チロル地方といえば観光ガイド等で見たこともある人が多いのではないでしょうか。そのアルプスの麓に競技会場があり、地名をイーグルスというのである。
 ここは、初めてワールドカップで8位に入った縁起の良いコースだが、ここ最近は惨敗が続いている。(昨年は、まさかの予選落ち)
 公式練習中からなんとも調子が上がらなかった。ラインの攻略は順調だったが、苦手意識から来る不思議な泥沼みたいなものにはまっていた。結果は、19位。予選落ちをしなかっただけ気持ちは救われるが、負け犬根性でレースをしていても仕方がない。長野大会で6位に入り、この大会でも好成績を残すことが実力を見せつける絶好の機会であった。存在感を残すことは、相手に威圧感を与えることになる。接線で勝負するときには、目には見えない威圧感が重要になる。それを作る良いチャンスを自分から逃してしまったことに大きく反省をする。

  世界選手権 サンモリッツ(スイス)大会
 インスブルックからアウトバーンを西に約1時間半車で走るとスイスとの国境を迎える。そこから下道で約1時間半山道を走るとサンモリッツに到着する。サンモリッツは、高級リゾート地として世界的に有名な場所である。小さな田舎町であるにもかかわらず、ベンツ、アウディー、BMWといった高級車が街の中を走り、行き交う人々は、高級毛皮をまとっている。ホテル、レストラン、・・・何を取っても高級感があり、値が張る。そんな高級リゾート地にコースがあるのは、貧乏スケルトンチームにとっては何とも懐が痛い。しかし、サンモリッツはスケルトン発祥の地であり、スケルトン選手にとってこの地で滑走できることはステイタスなのである。コースは、世界にたった一つしかない自然コース。(他は人工冷却装置で氷を作る)雪に水を含ませ、外気温だけで硬め、徐々にコースを形取っていく。標高1,800メートルを超える地ならではの職人芸である。コースの全形状は毎年変わりがないが、人の手で作ることからカーブのアンジュレーションが微妙に変わる。だから操作方法は毎年変わり、過去の操作マニュアルはほとんど通じない。
 世界選手権が1月22日から開催された。22日、23日、24日が公式練習。26日、27日がレース。2日間で4本の滑走を行い合計タイムで順位を競う。(3本目までの合計タイムで上位20位以内に入らなければ4本目には進めない)
 今シーズンの目標は、幾つかあるが、世界選手権での好成績というのもその一つであった。公式練習中から思ったようにタイムが伸びず苦戦を強いられていた。歯車が微妙に噛み合わなかった。課題は、スタート直後の第一コーナーであった。第一コーナーを上手く滑り抜けられれば、その後の加速を上手く得られるのだが、先にも書いたようにカーブの形状が微妙に変化していて操作が定まらない状態であった。また、今シーズン好調であったスタートタイムもその切れに欠いていた。
 そんな状態で試合日を迎えてしまった。1本目、不安抱えていた第一コーナーで大きくミスをしてしまいコーナーを抜けてからソリが横滑りを起こしてしまった。こうなると全ては終わりで、その後の加速は一切つかめないのである。1本目、24位。2本目、少しは修正し、18位。1日目が終わりトータル24位であった。2日目、1本目で好タイムを出し、20位以内までに入らなければ4本目には進めない。滑走は上手くまとまったが、タイムが伸びなかった。結局4本目には進めなかった。
 集中力を高め臨んだ大会であったからゆえにこの惨敗の痛手は大きい。何をしても悪い方向へと歯車が回ってしまっていた。「良いときもあれば、悪いときもある」心の中でそうつぶやくが、つぶやけばつぶやくほど情けなくなってくる。こういう負け方は、存在感を失い、やがては自然消滅するパターンになる。
 とにかく反省をしっかりするしかない。ここが成長するタイミングだと思う。

 

平成19年1月 越 和宏