KOSHI'S VOICE
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がんばりましょう
クレヨンで書いた手紙

No. 2006年11月の出来事

『近況』7月~9月

          

   毎回、私のHPを楽しみにご覧いただいている皆様には、更新をめったにしない私の怠慢をお許しいただきたいと思います。7月、8月、9月の活動の様子をまとめましたのでご覧下さい。

  7月1日:長野県立諏訪清陵高等学校「清陵祭文化講演」
 長野県の真中に諏訪湖があり、その諏訪湖を眼下に見える位置にあるのが諏訪清陵高校である。清陵祭(文化祭)での文化講演を行うために訪れた。人の見本になるような人生を送っていない自分が高校生を相手に何を話し、何を伝えれば良いのか真剣に悩んだ。結局、経験を話しただけの講演となってしまった。大した経験ではないが、何かワンフレーズだけでも生徒達の心に響き、彼等が何かに迷った時の参考にでもなればいいと思う。諏訪清陵高校のモットーに目を引く言葉があった。
『自反而縮雖千萬人吾往矣』
【読み方】みづからかへりみてなほくんば、せんまんにんといへどもわれゆかむ
【意味】自分自身で反省してみてやましいところがないならば、たとえ相手が千人万人いるとしても、私は恐れずに進んでゆこう。
 講演を終え学校を後にする時、生徒達が私への応援として『たみ』という伝統儀式を披露してくれた。何かにつけ全員の気持ちを一つにする時に行っているそうだ。円陣を組み、リーダーの合図に合わせて全員で同じ台詞を言いながら一方向へ回転する。そして、最後に全員の気持ちを一つにして空高く奇声を揚げる。私の中に薄らいでいた若きし頃の勢いというものを清陵高校の若者達から感じた。

  7月2日:長野県カーリング協会講演
 御代田町にて長野県カーリング協会総会があり、総会終了後に講演を行った。長野県におけるカーリング競技は、軽井沢を中心に近隣の町村で盛んに行われており、幅広い年齢層に人気がある。トリノオリンピックでのカーリング娘達の活躍もあり、勢いは高まるばかりである。地域と密着していることが、何といっても強みだと思う。我々、ソリ競技にはない魅力が沢山ある。今回、カーリング協会、そして、そこに集う一人ひとりの勢いを目の当たりにして、いろんなことを思った。その内容はともかく、目標、課題に向かって日々精進するしかないことを痛感した。

  7月7日:長野県経営者協会上小支部講演
 以前、長野県経営者協会様の諏訪支部、長野支部において講演を行いましたが、今回は上田地区、小諸地区を統括する上小支部において行いました。講演は何度やっても慣れない。こんな状態で講演料をいただくことに正直抵抗がある。お金をいただくからにはプロとしての自覚が必要だと思うが、そんなものはどこをとってもない。あるのは大汗をかきながら真剣にやる姿だけだ。お世辞だとしても「聞き飽きた内容ではなく、楽しかったです」と言っていただけると気持ちが楽になる。人前で話をするのには相当なエネルギーを必要とするが、まさしく貴重な経験である。この経験が精神力の強化になり、成長するうえでのこやしとなっている。依頼を寄せていただいた皆さん感謝します。

  7月8日:斎藤さんご結婚
 トリノオリンピックの取材をきっかけに知り合った某国営放送局のディレクター斎藤さんがご結婚された。斎藤さんとの取材の想い出は深い。斎藤さんは、最初から私の年齢に注目して番組を作りたい気持ちが強く、私は年齢ではなくアスリートとしての姿を見ていただきたく、どこにでもあるお涙頂戴物語では満足できない気持ちが強かった。取材が進むにつれ摩擦が激しくなり、厳しい意見を交わした。私は何度も「こんな内容の取材なら、この話はなかったことにしましょう」と言った。その都度、斎藤さんは思い悩んでいた。しかし、斎藤さんは何度も食らい付いてきた。そうやって番組は出来上がった。視聴者の評判は解らないが、今までにない番組が出来上がったと思っている。
 トリノオリンピックでの私のレースが終わった次の日(2月18日)、斎藤さんに会い握手を交わした。斎藤さんの目から光るものが流れた。斎藤さん、ご結婚おめでとう。

  7月8日:突然の来訪者
 寝ようと思い部屋の明りを消そうとした時、小さな黒い虫が目の前を横切った。思わず蚊かと思いつぶそうとしたが、どこか見覚えのある姿に手が止まった。(ビジョントレーニングの成果がこんなところでも発揮された)、体長約1cm、頭の部分が赤く、背中が真っ黒。裏返して見るとお尻の部分が白っぽい。まさかと思い、部屋の明りを消して見た。お尻から黄緑色の光を発していた。『蛍』が我が家に舞い込んできたのである。蛍は、綺麗な小川等に生息するはずだが我がアパートの前にはそれはない。何故、蛍が我が家に舞い込んだのかはミステリーである。昔はいたるところで見たが、今は、そう簡単に見ることはできない。熟睡中の家族を起こし、深夜の蛍観察が始まった。部屋の外へ逃がしてやると、サービスとばかりにしばらくの間、草むらの中で黄緑色の光を発し続けてくれた。小さな来訪者に、大きな癒しを頂いた。感謝。

  7月9日:ジンギスカン(焼肉)ツアー
 度々、長野新幹線を利用するが、必ず座席の前に置かれている『トランベール』という小雑誌に目を通す。その中に『信州新町のジンギスカン』が紹介されていた。数日後、突然ジンギスカンが食べたくなり信州新町を訪れてみた。信州新町は、私が住む長野市から車で国道19号を南に40分ほどいった所にある。高速道路がなかった時代には信州新町を横切って実家(木曽)へ帰省していたので、『名物ジンギスカン』の看板はよく目にしていた。(通称ジンギスカン街道)インターネットで調べ今回は『保養センターさぎり荘』を訪れることにした。丁度、ジンギスカン祭りが開催されていてにぎわっていた。田舎の人は皆、きさくである。私の顔を見るなり、「応援していたよ」と何人からも声を掛けられた。おまけに売り物のお花まで頂いてしまった。さて、肝心なジンギスカンであるが、家族5人で食べ放題コースにチャレンジした。大きな皿に山盛りにジンギスカンが運ばれてきた。「こんなに食べられないだろう」と思っていたが、ペロリと食べてしまい、お代わりをする。ジンギスカンの味も最高だったが、ご飯がとても美味しかった。ご飯が美味いからよりジンギスカンが引き立つのかもしれない。ジンギスカンはダイエット効果があるというが、腹いっぱい食べてもその効果はあるのだろうか。

  7月14日:長野市立北部中学校地区懇談会講演
 私の住む近所に長野市立北部中学校があり、この日の夕方に地区の公民館で開かれた地区懇談会で座談会形式の講演を行った。保護者の方、学校の先生、育成会の役員、区長さんが主な出席者であった。今の子供達と私が中学生だった頃の環境は全く違う。問題も多様化し、出席者皆さんの悩みが尽きないということも良く解る。いろんな質問が寄せられたが、夢をひたすら追い続け現実を顧みてこなかった私の回答は、どれもピンとこないものばかりになってしまった。ただ一つ、これだけは感じとっていただきたいと思ったことは、命を大切にするということである。命は、無限ではなく、有限なのである。命があればこそどんなことでもできる。子供達がいつもそんなことを考えているとは思わないが、だからこそ身近にいる大人達が時にはそんのことを教えるのが大切ではないかと思う。どう考えても未来は子供達が作るのだから。

  7月15日:第28回スポーツ天国参加
 松本空港隣にある信州スカイパーク(松本平広域公園)で開催された県民スポーツイベント『第28回スポーツ天国』にスペシャルゲストとして参加した。長野県全域から幅広い年齢層の人々が集まり、集団リレー、一輪車タイムトライアル、マレットゴルフ、ソフトバレー、さわやかウォーク等のスポーツを通して、感動、交流、喜びを分かち合った。主催者側から「越さんは、さわやかウォークに参加して交流を図ってください」と言われ、ウォークなら楽だと思い二つ返事で了解した。集合場所へ行ってみると私より年配と思われる方が30名程度集まっていた。準備体操を行い、いざスタート。ふと何キロ歩くのか心配になって聞いてみると「8キロお願いしまーす」との応えが帰ってきた。漫画でよく見る、驚きのあまりに顔面が蒼白になる状態だった。タオルも水分も何も持たないままでスタートしてしまった。途中で参加者の人からいただいたみかんが唯一の水分となった。最初は景色を楽しみ会話を楽しむ余裕があった。しかし、3キロぐらい過ぎたぐらいから腰とふくらはぎがパンパンに張って苦痛が襲ってきた。途中で判明したが、参加者は全員ウォーキングの常連さんで、素人は私だけだった。弱音を吐かず、愚痴をこぼさず、ひたすら歩いた。約2時間後、ゴールを迎えた。正直、ウォーキングがこんなにもハードだとは知らなかった。精進が足りなくてすみませんでした。その後、サイン会を行い、午後2時帰路についた。その途中で食べたアイスクリームは何とも格別な味だった。

  7月18日~20日:第5回クラブコング合宿
 5回目のコング合宿であるが、初回からの課題である左右のバランス、特に骨盤のゆがみがなかなか解消されない。集中的な指導とトレーニングによって一時的には良くなるが、すぐに悪い状態に戻ってしまう。悪い癖や状態を改善しない限り正しい力の発揮は得られない。ということはパフォーマンスもあがらないということである。困った。ウサギとカメの話の通り、コツコツと頑張るしかない。体も使うが、それよりも脳を使って汗を流すとしよう。一番苦手な作業である。

  7月22日:オリンピックデーラン長野大会参加
 オリンピックデーランとは、夏季、冬季のオリンピックに出場した選手と一般の方々が一緒になってランニング、ウォーキング、体力測定等を楽しみ交流を深めるというイベントである。毎年、全国各地で開催されており、この日に長野大会が長野オリンピックの開会式、閉会式が行われた南長野運動公園で開催された。この日は、水泳、スピードスケート、ショートトラックスケート、クロスカントリースキー、リュージュのオリンピック選手が参加し、それぞれの種目を通じて交流をはかった。私は、3kmランニングの部に参加し、チビッ子やお父さん、お母さん達と共に汗を流した。普段行っているトレーニング内容からして3kmを走りきれるか心配であったが、汗はかいても恥をかくことなく走りきることができた。こうした機会をきっかけに、オリンピックはもとより、各競技、選手、そして、スポーツや運動に益々関心が高まっていただきたいと願う。スポーツは、人や地域、そして、社会に好影響をもたらすはずである。それがスポーツができる社会貢献の一つであり、こうしたことに尽力することが我々オリンピック選手のもう一つの使命だと考える。

  7月22日:スケルトン体験会システックス編
 スパイラル(ボブスレー・リュージュ・スケルトン会場)には、スタート練習用の専用コースが隣接されている。全長約150メートル。そこに二本のレールが敷いてあり、ローラーの付いたソリを使用してスタート練習をする。最初は緩やかに下りながら加速し、後半は減速のために上りとなる。ただ真っ直ぐ滑るだけのコースである。今回、このコースを使用して私の所属するシステックスの皆さんで体験会と記録会を行った。社長をはじめ、社員とそのご家族総勢30名の参加があった。まず、一人ずつソリに頭を先に腹ばいになった状態で乗り、我々選手がその後ろを押して、スケルトン競技がどんなものかを体験していただいた。時速はせいぜい30キロ出ているかいないかぐらいだが、目の高さが地上からわずか10cmという非日常的な体験に、歓声をあげる人、怖さのあまり目を閉じたままの人、全く何も動じない人等、様々なリアクションがあった。次に50メートルのタイムを競う記録会を行った。当初は一人ひとりソリを実際に押して力と力の勝負をする予定だったが、年齢差、体力差等が見る限りにはっきりしていて結果はやる前から知れており興奮に欠けるということから1本目と同じように我々選手が距離を決めて押すことになった。全員公平に同じ力で押すつもりだったが、徐々に疲労が高まり男性、女性、子供によって強さが変わってしまった。結局、優勝は小学生男子でした。システックスの皆さんも、そして、お手伝いをした我々も一緒になって楽しい時間を過ごしました。次回は、いよいよ氷上体験となります。恐怖も興奮もこの数倍です。ちびらないようにご注意下さい。

  7月22日:長野県スキー連盟講演
 長野県スキー連盟主催のジュニア選手育成プログラム事業が健康づくりセンター(長野市)で開催され、参加したアルペン、ジャンプ、クロスカントリーの若手選手を前に講演を行った。中学生、高校生には、スキー以外にも興味深い物事が沢山あるに違いないし、いろんな誘惑もあるだろう。そうした中でスキーに打ち込んでいくには葛藤がいくつもあり、彼等なりに悩みも多いことと思う。それは、リスクなのかもしれない。リスクについて、トリノオリンピック前にある方から「人間は+-0である。何かを得るためには、それと同等のリスクを背負わなければならない。金メダルが欲しいと思うのなら、それと同等のリスクを背負わなければならない」という話を聞いた。彼等が今そんなことを意識していると思わないが、知らず知らずのうちにそうなっていくだろう。リスクを背負えなくなった時は、葛藤や誘惑に負ける時かもしれない。今後、彼等が成長する中でリスクについて理解する時がくるはずだ。そうして、日本を代表し世界で活躍する選手となることを期待する。

  7月29日:ビアガーデン
 ソリ競技の若い奴等と長野駅近くにあるビアガーデンに足を運んでみた。ビアガーデンに行くのは、本当に久し振りであった。確か独身の頃、ボブスレー競技のT選手と記憶がなくなるほど飲んで、駅前の人ごみの中で自転車で大転倒して以来かもしれない。
 シーズン中ということもあってお店は大勢の人でにぎわっていた。ジンギスカンに枝豆、そして、焼き鳥、ビールのつまみには最高の品ばかりだ。一杯目のジョッキーが空き、二杯目、三杯目、四杯目とどんどんジョッキーが空いていくはずだった。しかし、皆の調子がいつもと違って遅かった。体調が悪い訳でもなくビールが美味く感じない。若い奴がガラスの冷蔵庫を指差した。ジョッキーにビールが七文目まで注がれていくつも冷蔵されていた。注文があると、そこにアワだけを注ぎ足して出してくるのである。ビール好きな私には許されない行為であった。炭酸が抜けたビールが美味しくないことは誰でも知っているし、しかもそれを公然とやっている。そして、お客様から料金を頂いている。これってどうなんだろう?????

  7月31日~8月2日:第6回クラブコング合宿
 3次元的な骨盤のゆがみを矯正するトレーニングの連続である。脳に染み付いている悪いイメージを取り除き、正しい新たなイメージをインプットする作業である。コツは、何度も何度も繰り返しトレーニングすることだけである。初めて自転車に乗れた時と全く同じで、一度乗れてしまうと、それまでの苦労が嘘のように何度でも乗れる。そして、その記憶はいつまでも残り、考えなくても乗れるようになる。とにかくできるまで繰り返しトレーニングをするしかないのである。コツコツ、コツコツ、コツコツ、・・・。

  8月6日:夏フェスタinスパイラル
 『夏フェスタinスパイラル』とはスパイラル(長野市ボブスレー・リュージュ・スケルトン会場)においてソリ競技の普及、選手との交流、そして、日頃の感謝を目的に、長野県ボブスレー・リュージュ連盟が主催するイベントで、長野オリンピック以降毎年行われており、今年で8回目となる。1998年長野オリンピックの感動をもう一度との思いで頑張っているものの、ソリ競技の知名度に比例して毎年イベントの盛り上がりも低迷している。しかし、手弁当を持ち合って汗だくになりながら行うイベントもなかなか味がある。問題は告知だけであって、来年はしっかり告知を行い、盛大になることを期待したい。イベントの内容は、早朝からソリ関係者全員とスパイラル友の会(近隣地域の方々)の皆さんとで会場の草刈を行い、その後、ボブスレー・リュージュ・スケルトンの体験会、リュージュ選手よる記録会、そして最後は参加者全員でバーベーキュー大会である。夏休みの一時を是非スパイラルに来ていただき、私達と一緒にイベントを楽しんみませんか。来年も行います。

  8月9日~11日:第7回クラブコング合宿
 サウナにでも入っているかのように蒸し暑い京都の夏も今年で4回目となる。信州人の私にはトレーニング以上に過酷である。常に課題とされてきた、骨盤のゆがみも少し改善の兆しが見えてきた。左股関節の動きが、今までは関節の中に石ころでも入っているかのように動かすたびに石ころが邪魔して痛みを伴っていたが、痛みが消え、可動範囲が少し広くなったことと、右股関節周辺の筋肉と神経の意識が高まり、動きが良くなってきた。いよいよ本格的なトレーニングが開始できそうである・・・?

  8月18日:長野県トラック協会講演
 ホテル国際21(長野市)で開催された長野県トラック協会青年部研修会において講演を行った。「トラックの運ちゃん達が私の話なんかに興味を持ってくれないだろう」なんて思いながらいた私でしたが、居眠りをする方も、真剣に聞いていただいた。何事もうわべだけで判断してはいけないと改めて反省した。(失礼しました)原油の高騰、新たに制定された道路交通法、若い人達の仕事離れ等、業界における悩みや苦労は多く、改革改善に真剣に取り組まれていた。苦労は多いものの、トラックの運ちゃん達には本能的に持ち合わせたパワーと勢いがあるように感じた。その一部が、講演後に行われた懇親会の場において見ることができた。乾杯の発声が終わるやいなや、飲むわ、飲むわ、今時こんな激しい飲み会をする人達がいることに関心するほどだった。体育会系の私も少したじろいでしまった。勢いとパワーのある方々ですから、逆境にも強いはずです。今後の益々の発展を祈念します。

  9月2日:和歌山
 久し振りに和歌山を訪れた。ソリ製作にご協力をいただいているニギテックとディノレーシングへ挨拶をするためだった。オリンピックが終わって半年以上にもなるというのにろくな挨拶もしないまま今日になってしまい失礼をしてしまった。酒を酌み交わしながらオリンピックの報告、ソリの状態等について話をし、来シーズンに向けての密談を行った。競技の歴史の浅い日本で、世界に対抗するソリを開発するのは容易ではない。厳しい環境の中でそれを成し遂げるには、造り手の技術と競技者の発想とが一致することと、お互いの気持ちに妥協がないことが重要だと思う。これまでの道のりで何度も意見が食い違い衝突することがあった。しかし、それを繰り返しながら着実に世界に通用するソリとなっている。私が引退するまでソリ作りに終わりはない。『世界の頂点を目指して。』

  9月4日~6日:第8回コング合宿
 骨盤の歪みに常に悩まされている。良くなったかと思えば悪くなる、この繰り返しであるが、修正するのに時間が掛からなくなってきた。もう少し脳からの指令がスムースに伝達されるようになればいいのだが。時間がいくらあっても足りない。焦るな、コツコツ、コツコツ、コツコツ、・・・・。

  9月9日:長野市立西部中学校講演
 異常気象と思われる蒸し暑い日に長野市立西部中学校において講演を行った。会場が体育館ということもあり室内の温度は40℃近くになっていたかと思う。生徒達の体調を気にしながら講演を進めたが、私の方がダウン寸前だった。中学生を対象に講演を行う時には、「夢を持ちなさい」とか「努力をしなさい」とか「感謝の気持ちを忘れるな」といった内容の話を中心にする。今回は、特に「努力」の部分について触れてみた。その分野において天才と言われる人、才能がある人、才能がない人等に分類がされるとしたら、おのずと努力の度合いはそれぞれ違い、誰しもが服を着ているようなあたりまえの努力をしていたとしたらその差は何も変わらない。才能がない人が、天才を超えるためにはそれなりの努力が必要であり、その可能性は誰しもが平等に持ち合わせている。勇気があるかないかが問題である。少し難しい内容だったかもしれないが、今後彼等の成長の中で努力について試される場面が多々あるはずだ。その時のために参考になって欲しいと期待する。サウナのような体育館での90分の講演は、流石にパンツまで汗だくになってしまった。

  9月11日:大桑村立大桑中学校講演
 長野県の南西部に位置する木曽郡大桑村の大桑中学校で講演を行った。私は同じ木曽郡内の王滝村で生まれ育った。大桑中学校には私の恩師が二人いて、中野校長先生は小学校の時に、そして、古井先生は中学校の時にお世話になった。何十年か振りの再会であった。記憶の中には、若かりし頃の姿が残ったままだが、それぞれの現在の立場と容姿から時間がものすごく過ぎたことを感じさせられた。要するに老けたということである。大桑中学校では、年に数回『本物にふれる』というテーマで様々な行事を行っており、今回は私の講演ということになった。体育館に全校生徒が集合し迎えてくれた。都会と違って生徒数が全く違う。今回は全校生徒の顔をゆっくり拝見することができた。皆、純粋な目をしていた。これが木曽の子供達の良さだと思った。私は、本物を極めようとしている途中でいまだ本物にはなっていないが、可能性を秘めた子供達がその可能性を開花させるためには、知恵と勇気と創意工夫をもって何事にもチャレンジすること、簡単にあきらめてはいけないこと、言い訳を残さないことが大切だという話をした。四方を険しい山に囲まれている木曽の大自然で育った子供達は、とても純粋だが、内向的な部分もある。足を一歩前に出す勇気をもって欲しいと願う。恩師の前でこんな話をするのは照れ臭いものだった。全く勉強ができなかった生徒も何年かしてみればこんな話ができるようになる。これこそが『可能性』なのかもしれない。

  9月16日:コーチ結婚式
 20歳ぐらいからスケルトンを始め、何度も海外遠征を共にしたN選手が今年で30歳になった。N選手の結婚式が山形で行われた。先シーズンの途中に、彼は、現役を退き、指導者の道を歩むことを決めた。彼には、これまで競技以外の部分で厳しいことをいくつも話してきた。挨拶、礼儀、礼節等、競技者である前に人間として立派でなければならない、ということを口うるさく話してきた。それが彼の心に響いていることを信じ、今後の活躍を期待する。
 午後4:15から始まる結婚披露宴に向け、長野発11:09のあさま新幹線に乗り天童(山形)の会場には3:00過ぎに着く予定だった。あさま新幹線に乗りもう直ぐ大宮駅というところで新幹線が停止した。やがて放送が入り「東北新幹線の大宮小山間で停電事故が発生したため、大宮駅に電車が詰まっていて入れない」とのことだった。30分ほどして大宮駅に到着するが、上りも下りも新幹線が1時間半ほど遅れていた。このままでは当然4:15から始まる式には間に合わない。披露宴での乾杯の発声をお願いされていた私の体にいやな汗が流れた。「彼の結婚式でこんなハプニングも良い記念になるじゃないか」と思う気持ちと、「こんなおめでたい席になんて失敗をしてしまったのだ」と思う気持ちが入り乱れた。何度も連絡を取り合った結果、順調にいって私が天童の会場に到着するのは4:45、式が始まり乾杯の挨拶の出番がくるのが4:45、うまくいけば最高のタイミング、下手をすれば最悪の状態、どうするかは結婚する彼の判断に任せた。彼は私に賭けると言った。99%無理だと思っていたが、1%の確率に自分も全力を尽くした。
 会場に到着するも披露宴はとっくに始まっていた。ネクタイも緩んだまま2階の会場へと走った。会場の前に置かれたカートに乗ったままのビール見た瞬間、「間に合った」と思った。静かに席につき心臓の高鳴りが静まらないうちに乾杯の発声の番が回ってきた。「間に合って本当に良かった」N選手心配をお掛けして申し訳ございませんでした。とにかくご結婚、おめでとう!

  9月18日、19日:第9回クラブコング合宿
 シーズンまでにコングで行える合宿も少なくなってきた。調子は上向きである。

  9月20日:東京理科大学夏季リーダーズキャンプ講演
 東京理科大学夏季リーダーズキャンプが東京渋谷にある国立オリンピック記念青少年総合センターで20日、21日の2日間に渡って開催され、初日20日に講演を行った。集まった学生は、体育会系の部活動、サークル活動のリーダーということもあり、何もスポーツを知らない人達の前で話をする時よりも、専門的なことに触れながらこれまでの私の経験を話した。実は、大学時代に経験した挫折によって今日の私があるといっても過言ではない。挫折に立ち向かい、這い上がることで自分の進路が見つかった。今思うとたいした苦労ではないが、その時には莫大なエネルギーを使ったように思っていた。その時と同じ年齢である東京理科大の学生達にはどんなふうに聞こえたかは解らないが、どんな時でも葛藤や挫折はある。そこから逃げるか、戦うかは癖のようなものだと思う。いつも逃げることを覚えた奴と、いつも戦うことを覚えた奴とでは成長の度合いが違う。人の人生をとやかく言うつもりはないが、どうせ生きるなら自分の可能性を少しでも開花させるように生きてもらいたいと思う。当日、学生達にはぎこちないスーツ姿で、ぎこちない気遣いで迎えていただいた。しかし、ぎこちなさの中にもすがすがしいものを感じた。ありがとうございました。

 

平成18年9月 越 和宏